5.世界一の嘘つき
それからも、私はただひたすら、石のつぶてとなって投げられてくる彼らの悲しみ、痛み、怒り、すべてを全身に受け止め続けた。
自分の無能ぶりに泣き、無力に失望し、後悔と無念に押しつぶされて消えたくなっても、それでも私は、夫や娘の笑顔に己を奮い立たせ――気がつくと、一年、二年と過ぎていった。
すると不思議なことに、私の周囲に人が集まるようになった。
何かをしたわけでもない。
彼らの暮らしを良くすることが出来たわけでもない。
しかし、石を投げられることがなくなり、訪ねた私を笑顔で出迎えてくれるようになった。以前、私を刺そうとした女性が、摘んできた花を贈ってくれた時は、たまらず泣いてしまった。
私がしてきたことは、無意味じゃなかったのだと、少しでも、誰かの救いになっているのだと。
彼女は、泣き出す私をやさしく抱きしめながら、耳元でささやいた。
「私はずっと、お前を見ている」
氷のような、冷たい声だった。
いつもの行脚の最中、一人の若い兵士に声をかけられた。私と同じ訓練所の出身で、彼自身もシャーディス教官の元で教わったと教えてくれた。
シャーディス教官は、行方不明だと聞いていた。シガンシナで当時訓練兵だった彼とその同期達を巨人から救い、その後どこかへ姿を消したという。
遺体が見つからず、かと言って生存も報告されていない。亡くなったのだろうかとつぶやく私に、眼鏡の彼は笑いながら、
「まさか! どうせ今頃、どこかから我々を見張ってるに決まってますよ。自分が教えたことを忘れてないかって。私もあの人の頭突きは怖いですから。『その時』がいつ来てもいいよう、日々己を鍛え、準備をしています」
「その時?」
彼は、懐かしむような顔で空を見上げ、
「いつか立ち上がるべき日が来る。その時が来るまで、自分を見失うな、と……恩師からの教えです」
ああ、そうだ。
私は、私を見失っていた。
見失ったから、こんなことになったのだ。
私だって、一度は『自由の翼』を背負った一人のはずなのに。
ごめんなさい、教官。こんな生徒で。
彼は別れ際に、
「私だけじゃありません。教官の教え子はみんな、今か今かと『その時』を待っています。女王陛下」
そう言うと心臓に拳を当て、敬礼した。
「私達は、いつも見ています」