「実は、しばらく前から温泉が出なくなってしまったんです」
奥の事務所に案内されると、ジェレミアとエリスの向かいのソファに座った主――モティは、沈痛な顔で告白する。
「ウチだけでなく、ここら一帯の温泉は全部です。かといって営業を停止するわけにもいかず、やむなく……」
「だからって、温泉の素入れてごまかしていいわけないでしょ!」
「そうだ! 詐欺じゃないか!」
女二人にすごまれ、モティはさらに縮こまる。
ロジェは二人をなだめるように、笑みを浮かべ、
「ま、まあまあ。生活かかってるわけだし。困ってるみたいじゃないか」
「わたし達が温泉入れなくて困るのはいいわけ?」
「これじゃあただのでかい風呂だ」
二人の容赦ない攻撃に、ロジェは笑みを浮かべたまま後ろに下がる。
「にゃんで温泉が出なくにゃったんですかね?」
「ダークプリーストの呪いではないかともっぱらの噂です」
『ダークプリースト……?』
その言葉に――キュカだけでなく、まさしくダークプリーストに絶賛呪われ中のレニとニキータの引きつった声が重なる。
モティは声をひそめ、
「このイシュ火山を挟んだ向かい側……その辺りには、原住民であるダークプリースト達の集落があるんです」
「なんか怒らせるようなことでもしたの?」
「温泉を金儲けに利用しているのが気にくわないのではないかと」
エリスの問いに、ハンカチで汗を拭きながら返す。
ニキータもひとつうなずき、
「にゃるほど……イシュのダークプリーストは、イシュ火山を聖なる神の山と崇(あが)めていると聞いたことがありますにゃ」
「はい。それにあの山では、稀少な鉱石が採れるもんですから、十年前の戦の時、ヴァンドール帝国が大規模な採掘を行いました。山を荒らされ、人間を良く思っていないんでしょう」
その言葉に、ようやく山の一部が不自然に剥き出しになっていた理由がわかった。たしかに十年やそこらでは、荒らされた山は元に戻らないだろう。
「我々も温泉の調査をしているんですが、皆、ダークプリーストを怖がって、あまり町から離れた場所までは……そこで! 頼みがあるんです!」
モティは突然、ばんっ! とテーブルに両手をつき、身を乗り出すと、
「ぜひとも、温泉が出なくなった原因を突き止めて欲しいんです! もちろん、お礼は出しますから!」
――お礼……
その言葉に――キュカは瞬時にモティの背後に周り、レニもテーブルに飛び乗ると、正座をしたままモティの胸ぐらをつかみ、
「いくら出す?」
「え? あの、ちょっ……」
「いくら出すかと聞いているんだ」
「おいおい、そんな乱暴はイカンぞ。そんなこと言わなくても、もちろん口止め料も含んで、きっとはずんでくれるだろうさ」
そう言いつつ、キュカもモティの肩――まるで、いつでもこのまま首を締め上げられるということを暗示するかのように、肩をもみ始める。いや、暗示というよりそのつもりだが。
モティとしては、話の論点をすり替えようと目論んだのだろうが――あいにく、相手が悪かった。
「えっと、いや、その、正直、ウチは経営が厳しく、あんまりお礼は――」
「ならば、すべての温泉が擬装だとビラをまかれてもいいと言うのだな?」
「そうか。お前が我慢しなかったせいで、他の温泉宿も被害を被(こうむ)るわけか」
ジェレミアも乗り気らしく、モティに詰め寄り、目を光らせる。
「で、でも、ウチはまだ借金も返さないと……ローンだって――」
「金など、また稼げばいいだろう。良かったな。まだまだ稼げるぞ」
「で、でも、ない袖は振れないと言いますし――」
「――こうすればいいじゃないですか」
顔を上げると、じーさん相手に将棋を指していたはずのユリエルが、いつの間にか立っていた。
どうやらロジェとニキータから事情を聞いたらしく、笑顔で、
「温泉が出なくて困っているのはこの宿だけに限らず、この町全体の問題です。ならば、温泉を統括している組合から依頼料としてお金を出してもらえばいい――それだけのことです」
『それだ!』
ユリエルの案に、一斉に歓声が上がる。
何しろ、一軒の宿から搾り取れ、もとい、受け取れる金などたかが知れている。しかし、組合といった組織からなら、各宿から金を出し合って支払ってくれるので、それなりに稼げるはずだ。
しかし、モティは困惑した顔で、
「えっと、でも、せめて組合長と相談――」
「詳細を決めてからでも遅くはありませんよ。それともバラされたいんですか?」
まるでというよりまるっきり脅迫だが、この事務所にいるのは自分達とモティだけだ。助けは来ない。
ジェレミアもモティをにらみつけ、
「当然だが、滞在中の宿泊費と食事代は全額そっちが持て。間違っても報酬から差し引いたりするんじゃないぞ?」
「そうよ! その辺はちゃんと責任持ちなさいよね!」
エリスまでもが参戦する。モティはますます汗の量が増えたが、それでも、テーブルに両手を叩きつけ、大声で、
「で、ですが! 私の一存で決めるわけにはいかないんです!」
「それでは依頼料の話に入りましょうか」
「無視!?」
どばーっ、と、モティは涙を流すが、ユリエルはお構いなしにソロバンをはじきだす。
……とりあえず、交渉は成立した。(というか、無理矢理させた)
テケリもそのことが理解出来たらしく、なぜか嬉しそうに、
「それじゃあ、明日は温泉調査でありますか?」
「まあ、そうだな。今日は早く寝ろよ?」
どうやら探険気分らしい。目を輝かせるテケリに、キュカは適当に返す。
再びモティに目をやると、さっきまで自分達が交渉していたはずなのに、完全にユリエルに横から盗られてしまったような気がしたが、もはやつっこむスキもない。
ニキータも気の毒そうに、
「にゃんか……この件が片づいたら、当分イシュに来ることが出来にゃいんじゃ……」
「来なきゃいいんだ」
「こんにゃの勝手に決めたら、モティさんの立場も……」
「そこまでは知らない」
「ところでキュカ。今回の返済額」
「そこまでは知らない」
どこからともなく借用書を取り出す笑顔のロジェから目をそらし、後の交渉はユリエル達に任せてそそくさと部屋に戻る。
その途中、ふと、何かを忘れているような気がしたが――どうしても、思い出せなかった。
◆ ◆ ◆
皆が寝静まった頃、宿の外に出ると、人気のない適当な場所を探し――持ってきた月読みの鏡を地面に置く。
ついてきたウンディーネがいつものように水を注ぎ、ルナが水面を照らすと、ほどなくしてミエインが姿を現した。
「――久しぶりですね。体は大丈夫ですか?」
言われてみればたしかに、ずいぶん久しぶりな気がする。
「……体はもういい。船が壊れて、今、イシュに来ている」
「イシュ?」
ミエインはきょとんとして――そして、
「イシュ……ですか?」
なぜか再確認する。
「……どうかしたのか?」
不審なものを感じたが、ミエインはそれには答えず、
「もしかして、山に入ったりとかは……しませんよね?」
「ウチら、明日、温泉調査に行くねん。なんか温泉が出ぇへんとかでな」
「なんだ? 山がどうした?」
ウンディーネとサラマンダーの言葉に――なぜか一瞬、ミエインの顔が引きつったような気がしたが、すぐに、
「そ、そうですか。道中、くれぐれも気をつけて。何が起こるかわかりませんから、油断してはいけませんよ?」
「おい――」
「それと、私からのイシュ温泉豆知識! イシュの温泉は美白効果と保湿成分が多く含まれていて、昔から『美人の湯』と呼ばれています。『美人になりたきゃイシュに行け』、美を求める女性に向けてそんな言葉があるくらい、その効能には注目が集まっています」
「いや、それはいから――」
「どんな状況でも、休める時は休み、遊べる時は遊ぶ。せっかくイシュに来ているのなら、たっぷり堪能してくださいね☆ ホホホホホ~」
そして言うだけ言うと、その姿が消えた。
……魔法で船を動かせないか、聞こうと思っていたのだが――
「……なんだ? あの挙動不審は……」
「さあ……」
精霊達も、ただただ首を傾げるばかりだった。
タダ飯とタダ宿を堪能した翌日。朝早くから町の外の密林へと繰り出す。
最初のうちは舗装された道が続いていたが、途中で道をはずれ、雑草の生い茂った獣道を進む。一応、教わった道らしいが――
「……ひどい道だな」
「本来、誰も来ないところですし、この地図もずいぶん古いもののようですしねぇ」
もらった地図とコンパスで方角を確認しながら、ユリエルが返す。
先頭のロジェとジェレミアが、背の高い草を剣で刈り取ってはいるが、気休め程度だ。服の裾は草の汁で汚れ、ラビも抱きかかえていないとあっという間に姿を見失うだろう。
荷物持ちのニキータもため息をつき、
「それにしても、ダークプリーストが温泉をコントロールにゃんて出来るんですかね?」
「さあ? ですが、町付近の源泉からことごとくお湯が出なくなった以上、そうも思いたくなるんでしょう」
温泉というものには源泉がある。
その源泉からお湯を引いて、各施設へと供給しているのだが――つまりそれは、源泉からお湯が出なくなると、そこから湯を引いている施設すべての温泉がストップするということだ。
違う源泉を見つけ、そこからお湯を引いたこともあったらしいが、再び、お湯がストップした。
その原因がわからない以上、再び別の源泉を見つけたとしても、同じことを繰り返すだけではないか――ということらしいが、果たして噂通り、本当にダークプリーストが関与しているのかどうか……
「どちらにせよ、他に可能性がない以上、当たって話を聞いてみるしかないですね」
「ダークプリースト相手に、話なんて出来るのか?」
キュカの言葉に、ユリエルは気楽な笑みを浮かべ、
「こちらから危害を加えなければ、突然襲いかかってきたり、突然捕らわれるなんてことないですよ。本来、ダークプリーストは陽気な種族ですし――」
――ぱさっ。
それは突然だった。
少し開けた場所に出たのだが――突如、頭上から何かヒモのようなものが振ってきて、その重みに全員その場で膝をつく。
「……え?」
「なんだ?」
それが巨大な網だと気づくのに、少し時間がかかった。ご丁寧なことに、網には重しがついているらしく、全員、見事に絡め取られている。
「ちょ……ちょっとー! 何コレー!?」
エリスの声に反応した――というわけではないようだが、茂みの向こうから複数の影が出てきた。
その姿に――自然と、頬が引きつる。
「うきょ!? ダープリ様であります!」
テケリの言う通り、茂みの向こうから姿を現したのは、愉快な顔が描かれた壷に乗った、赤い体のヘンな生き物――複数のダークプリーストだった。大きさはテケリより一回り小さいのだが、魔法で浮かべた壷に乗り、こちらを見下ろしている。
ダークプリースト達は、『陽気』とはほど遠い、殺気だった様子でこちらをにらみつけ、
「おみゃーたち、何者だぎゃー!」
「ここはオイラ達、ダークプリーストの土地だぎゃー!」
「まさか、アナグマ達の手先だぎゃー!?」
口々に、いっぺんに言ってくる。
「ちょ、ちょっと待て! 俺達はただ――」
「むっ!?」
ロジェが話し合いを試みようと口を開くが――ダークプリースト達は、なぜかロジェと、その隣にいたこちらの顔を何度も見比べる。
そして、
「双子!?」
「双子だぎゃー!」
突然、そのことで騒ぎ出す。
「なんだ? 双子がどうしたってんだ?」
キュカが怪訝な顔をするが、この様子からして歓迎されているようには見えない。
ダークプリースト達は、自分達兄弟をびしぃっ! と指さし、
「不吉!」
「不吉だぎゃー!」
口々にそう言い出す。
「不吉って?」
「なんででありますか?」
エリスとテケリが目をぱちくりさせるが、突然、ダークプリースト達が静かになり、慌てて道を開ける。
そして奥から、杖を手に、年老いた一人のダークプリーストがゆっくりと現れた。まあ、長老とかそういうものだろう。乗っている壷も、他のダークプリーストより心なし立派な気がする。
その長老と思われるダークプリーストは、こちらの前で止まると、重々しい口調で、
「古来より、双子は悪魔を呼び寄せる不吉の象徴……」
ギロリと、妙に鋭い眼光で、ロジェとこちらの顔を順ににらみつける。
「アナグマの脅威……おまけに双子……まちぎゃいない! こやつらこそが、予言にあった世界に災いをもたらす悪魔だぎゃー!」
『なんでだーーーーー!?』
ロジェとまったく同時に、心底不満の声を上げるが、ダークプリースト達は聞く耳を持っていないらしい。
「やっぱりそうだぎゃー!」
「オイラもそんな気がしてたぎゃー」
「オイラなんか三日前から予測してたぎゃー」
「オイラなんか五日と六十八分二五秒前から――」
ダークプリースト達は口々に好き勝手なことを言っているが、長老は背後で騒ぐ仲間のことなど無視して、
「我々は、自然には逆らわない……しかし、掟は大事にしてるだぎゃー」
「……掟?」
怪訝な顔をして聞くと、長老は再びこちらをにらみつけ、
「災いをもたらす双子……双子は誰の子であろうと――死刑」
『…………!?』
ずざっ! と、ロジェと一緒になって後ずさる。
ロジェは額にびっしり汗を浮かべつつ、早口で、
「ちょ、ちょっと待て! お前達だって双子が生まれるくらいはあるだろ!? その場合は――」
「死刑」
「家畜とかペットは!?」
「死刑」
「えっと、自分の子供や家族――」
「死刑」
「えーと……」
ロジェは必死に考えるものの、ネタが尽きたのか、次の言葉が出てこない。
「あのー。この二人が死刑というのはいいとして」
「隊長!?」
ロジェが見捨てられた子犬のような顔で振り返るが、無視して、ユリエルは自分自身を笑顔で指さし、
「その場合、我々はどうなるんでしょう?」
「死刑」
「…………」
「どーすんだよ一体!?」
走りながら、キュカはヤケクソ気味に怒鳴る。
網を斬ってなんとか逃走したものの、ダークプリースト達の執拗(しつよう)なまでの追撃に、森の中をひたすら走り回る。
何しろ、地の利は向こうにある。かといって、あの数相手に戦うのは正直厳しい。
適当な窪地(くぼち)に隠れて追っ手をやり過ごし、対策を練る。
「これでは、温泉調査どころではありませんね」
「まったく、同じ顔がふたつあるだけでこんな目に遭うとは……」
「俺達のせいだって言うのか!?」
ジェレミアのつぶやきに、ロジェが非難の声を上げる。
ニキータは何か思いついたのか、ぽんっ、と手を打つと、
「そ、そうにゃ! 同じ顔がいけにゃいなら、いっそ整形するとかすれば解決するんじゃにゃいですか!?」
「今すぐどーしろってんだよ!?」
しかし、ロジェのツッコミなど完全に無視し、エリスも目を輝かせ、
「それよニキータ! せっかくだから一重を二重にしてもらって、その性格を映し出したようにハネたクセっ毛もストレートに矯正してもらいなさい!」
「どういう意味だよそれ!?」
「そうだ! クセっ毛の矯正はそこの天パに言え!」
「あの……こちらにまで飛び火しないでもらえますか?」
ユリエルは笑顔で――しかし、確かな殺気を放ちながら口を挟む。
ハッ! と、あることに気づき、ユリエルから目をそらすと、申し訳ない心地で、
「そ、そうか……矯正に失敗したんだな?」
「ありもしない話を勝手にねつ造しないでください。今後私の前に立つ時は背後に気をつけてくださいね?」
ユリエルは笑顔で、弓の弦をビィンッ、とはじき、その隣にいたキュカがため息をつく。
「それにしても、どうして双子が不吉でありますか?」
「……合わせ鏡を連想させるからじゃないのか?」
テケリの、誰にともなく投げかけた質問に、ぽつりと返す。
「合わせ鏡?」
「合わせ鏡を作ると悪魔が現れる……ただの迷信だ」
目をぱちくりさせるエリスに、ラビを抱え直しながら答える。
特に小さい頃は、よく鏡に映したみたいだと言われたものだ。外見だけでなく、利き手やしぐさまで、鏡に映したように間逆だったせいかもしれない。
「ふーん……わたしが知ってるのとは違うのね」
「なに?」
目を丸くすると、エリスはあごに指を当て、
「えっとね、わたしが聞いたのは――」
「――見つけたぎゃー!」
『…………!?』
声がした方角に振り返ると、複数のダークプリースト達がこちらを見下ろしていた。
「逃げろ!」
ジェレミアに言われるまでもなく、全員、一斉に走り出すが、
「――――っ!」
「兄さん!?」
くぼみに足をとられ、ラビを抱えたまま転倒してしまう。
ロジェが慌てて引き返してきたが、そこに網が被された。
ダークプリースト達は、今度こそ逃がさないつもりらしく、体を起こした頃にはすでに取り囲まれていた。とてもではないが、まともに相手出来る数ではない。
「クッ……!?」
「ここまで……なのか……」
ラビが恐怖でこちらの胸に顔を押しつけ、ロジェも苦虫を噛みつぶしたような顔で、敗北時のセリフをつぶやく。
その時だった。
「――ぐまっ!」
土の中から、ヘンな生き物が突然飛び出してきたのは。
「むっ!? 邪魔するだぎゃー!?」
「ぐまっ!」
土の中から現れたのは、緑の服を着た、ダークプリーストと同じ大きさのクマのような生き物だった。一匹や二匹ではなく、土中からどんどん飛び出してくる。
「あ、あれって……」
「まさか……アナグマ?」
本物を見るのは初めてだったが、書物で見たものと特徴が一致する。
「助けてくれるのか?」
「というか……単に、ダークプリーストと仲が悪いように見えるが……」
そう。見た所、ダークプリースト達はアナグマの姿を見た途端、驚くどころか殺気だった様子でにらみつけている。アナグマもまたしかり。
そういえばダークプリーストも、さっきアナグマがどうのと言っていたような気がする。もしかすると、敵対関係なのかもしれない。
「キュッ?」
何か聞こえたのか、ラビが耳を立て、地面に目を向ける。
つられて地面に目をやると、揺れているというか、薄い板の上に乗っているような感じがした。
そして次の瞬間、
『――うわっ!?』
突如、地面が陥没し、土と共に落下する。
「っ……」
「だ、大丈夫か?」
ロジェに支えられ、なんとか体を起こして見上げると、二メートル以上の高さから落ちたらしい。穴の向こうに空と、自分達に被さっていた網が見えた。
幸い、柔らかくなった土がクッションになって、泥まみれにはなったもののケガはしていないようだ。
「キュゥ?」
腕の中で、ラビがきょろきょろと辺りを見回していることに気づき、自分も周囲を見回す。
「…………?」
妙な視線を感じる。
真っ暗だったので、軽く手をかざし、魔法の明かりを灯して改めて周囲を見回す。
どうやら落とし穴の下は横穴に通じていたらしく、暗闇の中、何かが目を光らせていた。
十匹ほどの、アナグマだった。
『ひぃっ!?』
かなり不気味な光景に、ロジェとまったく同時に悲鳴を上げる。
アナグマ達はこちらににじり寄り――そして、その小さな体のどこにそんな力があるのか、あっという間にこちらの体を担ぎ上げると、すさまじいスピードで穴の奥へと走り出す。
『ひゃいいいいいいいッ!』
もう、何がなんだか。
ただただ、二人共わけのわからん悲鳴を上げながら、このアナグマ特急便とも言うべきものに、なすがままにさらわれるしかなかった……