「なぜ……こんなことに……」
「……ホント……なんでだろ……」
広場のど真ん中のトーテムポール。そのトーテムポールを挟んで背中合わせに座り、胸から腹までロープでぐるぐる巻きにされた状態で、二人そろってぐったりとうめく。
ユリエルの読み通り、確かにその場で刑が執行されることはなかったが、連れてこられたダークプリーストの村では、ダークプリースト達が壷に乗ったまま自分達を取り囲み、ズンドコズンドコと太鼓の音に合わせて、わけのわからない踊りを踊っている。
その光景は――どう見ても、処刑というより生け贄の儀式の始まりを予感させた。
「私ともあろう者が……ダークプリーストごときに……」
「……ダークプリーストの呪いが、まさか俺にまで伝染するなんて……」
二人そろって打ちひしがれた様子で、ここだけどんよりと陰気な空気が流れる。
ユリエルは『後で救出する』と言っていたが――信用できない。
二人のユリエルの好感度が底辺どころかマイナスにまで落ち込んだが、そんなものはどうでもいい。むしろ、この怒りと憎しみを糧に、生き延びることを考える。
考えるが――人間、せっぱ詰まると冷静な時なら浮かびそうな案も浮かばないものだ。いや、もしくは最初からないのか……ともあれ、何も思い浮かばない。
「兄さん、あれ……」
「…………?」
ロジェが身を乗り出し、あごで指した先――祭壇らしき場所に目をやると、人間が丸ごと入りそうな愉快なデザインの壷に、ダークプリースト達がお湯を注いでいた。ダークプリースト流の処刑法は釜ゆでなのだろうか?
……ふと、幼き日、二人一緒に読んだ絵本で『ゴブリンに捕まった勇者が釜ゆでにされていたところを女の子に助けられる』という話があったことを思い出す。
あまりのマヌケっぷりに、二人して笑ったものだが――
――今なら……その勇者の気持ちが痛いほどわかるな……
――ゴメン。もう二度と笑わない……
なんだか、目頭が熱くなる想いだった。
「それより、どうするんだよ? 逃げるにしたって、この状況じゃあ……」
「…………」
自分は、別に死はいとわないが――いくらなんでも、死因が『ダークプリーストにゆでられた』というのは嫌すぎる。
せめてロジェだけでも逃がしたいところではあるが、剣は取り上げられ、魔法で縄を切るにしても、問題はその後だ。この数相手に、逃げ切れる自信はない。
「――静粛に!」
突然、辺りに声が響き、それまで踊っていたダークプリースト達の動きがぴたりと止まる。
しん……と、不気味なほど辺りは静かになり、その静けさに、息をするのもためらってしまう。
そして付き人に促され、長老が姿を現した。
長老は咳払いをすると、全員に聞こえるよう、大きな声で、
「えー、それではぁ、これよりぃ~、えーと……」
そこでセリフを忘れたのか、付き人が慌てて耳打ちし――再び咳払いをすると、
「えー、とにかく死刑! 双子は死刑だぎゃー!」
おおーっ! と、歓声が上がる。
それを眺めながら、ロジェはぽつりと、
「ひょっとして……裁判?」
「判決が下ったみたいだな」
弁護士も検察官もいないが、とりあえず判決は下ったようだ。即決だ。判決理由は双子。それだけのようだし、それ以外もなさそうだ。
そして長老の隣にいた付き人が、再び大声で、
「それでは続けて、味付けを決めるぎゃー!」
………………。
何か――何かがおかしい。
たった今発せられたの言葉の中に、明らかに何か間違ったものが混じっていたような気がしたが、あまりのツッコミどころの多さに頭がマヒしているのかもしれない。
しかし、ダークプリースト達はお構いなしに、
「ミソ! ぜったいこってりミソだぎゃー!」
「バカ言うなぎゃー! サッパリ醤油味だぎゃー!」
「オイラも醤油がいいだぎゃー!」
口々に、熱く討論する。
その討論内容を、頭の中で熟考し――その意味を理解するのに、たっぷり三十秒はかかった。
「え? ちょっ……」
食う気?
……その時、二人の『嫌な汗』の量が一瞬にして増えた。
そして死因が、『ダークプリーストに食われた(味付けはミソか醤油)』になるかもしれないという事実を突きつけられ、完全に思考が停止する。
「醤油? ぜったいミソだぎゃー!」
「バカ言うなぎゃー! 醤油だぎゃー!」
「醤油ー! 醤油ー!」
「ミソだぎゃー!」
……こちらのことなどお構いなしに、意見はミソと醤油でまっぷたつに分かれ、議論は白熱した。
「――静粛に!」
その声に、辺りが静かになる。長老の付き人だ。
付き人は仰々しいしぐさで、
「長老のお言葉を聞くぎゃー!」
長老が前に出ると、広場は不気味なまでに静まりかえり――ごくりと、思わず生唾を呑み込み、言葉を待つ。
長老は、仲間達を一人一人見渡し――そして、
「あー……わしゃあ、キムチ味がいいだぎゃー」
………………。
「キムチ!」
「キムチ味だぎゃー!」
「ぬぅ、キムチなら仕方ないぎゃー!」
「異議なしだぎゃー!」
「キムチで決定だぎゃー!」
「キムチ万歳だぎゃー!」
「キムチ最高だぎゃー!」
広場は、なぜか異様な盛り上がりと熱気に包まれ、巨大な壷に大量のキムチやらキムチの元がドボトボと投入され、周囲にキムチ臭が漂い始める……
…………。
………………。
……………………。
「……兄さん……」
「……考えろ。考えるんだ」
なんとしてでも、鍋に放り込まれる前に脱出しなくてはならない。
なのに、悲しいかな、頭の中が真っ白だ。嫌な汗が目に入って染みたが、ぬぐうことすらかなわない……
「――若いのに気の毒だぎゃ、恨むなら双子として生まれたことを恨むぎゃ」
いつの間にか長老がやってきて、偉そうに言う。
「……おい。そういえば昨日、『予言』がどうとか言ってなかったか?」
あの時はそれどころではなかったので気にしなかったが、予言と言えば――
「『双子の片割れが死す時、大いなる災いが目覚め、世界を混沌の闇へと誘うだろう』……我ら一族に伝わる予言だぎゃ」
「なに?」
その言葉に、目を丸くする。
その予言は、バドラとミエインが十年前に行ったという占いの結果とまったく同じだ。ということは、ダークプリースト達は彼女達がその予言をするずっと前からそのことを知っていて――なおかつ、彼女達が(いろんな意味で)ダークプリーストに負けたということなのだろうか?
ロジェも目を丸くして、
「それじゃあ、その予言のせいなのか? 双子が不吉だって言ってるのは」
「災いの種は、芽吹く前に取り除くのが一番だぎゃ。芽吹いてからじゃ手遅れだぎゃー」
――災いの種――
一瞬、その言葉に納得しかけてしまったが、ロジェは納得しなかったらしい。荒い口調で、
「でも、予言なんて当たるかどうかわからないじゃないか! そんなもののために双子を殺すのか!?」
「…………」
長老はため息をつくと、まるで聞き分けのない子供を諭すように、
「『悪い予言』は、当たらないのが一番だぎゃ。なぜ『予言』が行われるか、お前達、考えたことがあるぎゃ?」
二人とも答えないでいると、長老は重々しい口調で、
「災いを、未然に防ぐためだぎゃ。なぜなら、悪いことは起こってはいけないからだぎゃ」
「…………」
「当たるか当たらないかは重要ではないぎゃ。当たってはいけないから、当たらないようしているんだぎゃー」
至極単純ではあったが、ある意味、確実かもしれない。
「でも……でも、だからって……」
トーテムポール越しでもわかる。ロジェはかすかに肩を震わせ(もしかすると、泣いているのかもしれない)、そして、
「だからって……キムチで煮込むことはないじゃないか!!」
その魂の叫びは村中にこだまし――とうとう我慢の限界が来たのか、縛られたまま、ロジェは暴れ出した。
「…………」
「…………」
とりあえず真っ直ぐ正面を向いたまま、お互い無言だった。
しゃべれないのだから黙るしかない。そして、心情的には下を向きたいところだったが、下を向くと頭上に置かれた金魚鉢が落ちるので下を向くことも出来ない。(ちなみに金魚が二匹泳いでいた)
……別に落としたところで濡れるだけなのだが、なぜか落としてはいけない気がした。金魚の生死などどうでもいいし、愛くるしい金魚の姿に癒されるにも頭の上では見えないというのに。
ロジェが暴れ出したため、ダークプリースト達は慌ててさるぐつわを噛ませ、身を乗り出せないよう胸から肩までさらに縛り(首まで縛られそうになったが、それでは刑を執行する前に窒息するとギリギリのところで気づいてくれた)――その後、こちらは両足首を縛られ、頭上に金魚鉢を乗せられて終わりだったが、ロジェはまだ何かされたらしい。もう、身を乗り出すこともしゃべることも出来ないので、背後のロジェがどういう状況なのかわからなかったが――ダークプリースト達の会話からして、今ごろロジェは、頭に金魚鉢を乗せられ、正座させられ、さらに膝の上に重しを乗せられているのだと思う。あれだ。石抱きの刑。(そういえば横切ったダークプリースト達が、一枚一キロは越えてそうな二枚の石版を重そうに運んでいた)
トーテムポールに縛られたまま正座するのはきっと困難だろうから、困難な体勢で石を乗せられているのだと思うと、弟が不憫でならなかった。
そんなわけで――自分でもわけのわからないこの状況を打破するどころか、いっそ殺せ(出来れば煮込む以外の方法で)と暴れ出したい気分だったが、もうどうにもならない。縄で縛られ、口もふさがれ、頭には金魚鉢。どんなにがんばっても、この絶体絶命の危機を乗り越えられる気がしない……
ユリエル達も、あれからもうずいぶん時間が経った思うのだが、姿を現す気配がない。
……ふと、視線だけを下に向けると、何か黒いものが自分の一メートル前を横断していた。
アリの行列だった。
アリ達は、戦利品なのか、カマキリの死体をえっちらおっちら運んでいた。なんということだ。あんなに小さいのに、自分達の数倍も大きいカマキリを倒したというのか。恐るべし数の暴力。
「――ぐまっ!」
「むっ!? またお前らかぎゃー!」
アリに敗北したカマキリは、鎌を振り上げたポーズのまま運ばれている。アリごときに敗れたこのカマキリは、一体どんな気持ちで天に召されたのだろう。
「ぐまっ! ぐままっ!」
「おのれアナグマー!」
「待つぎゃー!」
……不思議と、このカマキリの思念が自分に伝わってきたような気がした。
『アリごときに負けるなんて』と笑う者がいるかもしれない。しかし、自分は決して笑わない。むしろ称讃する。お前はよく戦った。その百二十度くらいの角度で振り上げられた鎌が何よりの証だ。
「――おい」
それに対し、アリとはなんと恐ろしい生き物か。ヤツらはきっと世界を我が物にするため、手始めに地下を征服しているに違いない。放っておけば、いずれ地上にその勢力を拡大させ、人間社会を乗っ取り、自分達の王国を創るつもりだ。
「おい、大丈夫か?」
そうか。きっとカマキリはそのことを事前に察知し、アリの野望を食い止めるべく、たった一人で立ち上がったに違いない。なんてヤツだ。まさに勇者ではないか。
「おーい」
その勇猛さは自分がしかと受け止めた。その行為は決して無駄にはしない。お前の意志は必ず受け継がれるだろう――
* * *
乗っていた壷を奪われたダークプリースト達が、アナグマ達を追って村の外に飛び出し、無人となった村(なぜかキムチ臭かった)に踏み込むと、捜していた二人はすぐに見つかった。
見つかったが――
「…………」
キュカは一瞬、どうコメントすべきか悩んだ。
ジェレミアも同じだったらしく、さすがにいたたまれなくなったのか、目をそらす。
縛られているのはまだいい。口をふさがれているのもわかる。が、ロジェに至っては縛られたまま正座させられたのか、足がちょっと不自然だった。さらにその膝の上には石版が二枚。
しかし――二人の頭上の金魚鉢の理由がいまいちわからない。これでは頭を動かせない……ああ、そうか。これで頭を動かせないようにしているのか。
「と……とりあえず助けるぞ」
「あ、ああ」
まず二人の頭上の金魚鉢をどけてやり、ジェレミアが縄を切る間、ロジェの膝上の石版をどけ、さるぐつわもはずしてやるが――何度呼びかけても、二人は一言も発しない。
「おーい」
目の前で手を振るが、ロジェは無表情に、真っ直ぐ何もない虚空を見つめ、レニもまた、無表情にじっ、と地面を見つめている。こちらは何かを見ているらしく、その視線の先に目をやると、黒い行列があった。
アリの行列だった。
……とりあえず何も言わず、二人から少し離れるが、解放されたにもかかわらず、二人は拘束されたポーズのまま固まっている。人間、恐怖とか怒りとかその他色々なものが頂点を超えると、もう何も感じなくなるのかもしれない……
「――二人とも、無事で何よりです」
少し遅れて、ユリエルも駆けつけた。
ユリエルは穏やかな笑みを浮かべると、座り込んだままの二人を見下ろし、
「アナグマのおかげでダークプリーストの注意をそらすことが出来ました。お疲れ様です」
と、優しい口調でねぎらいの言葉をかけ、ロジェに帽子を差し出す。
ロジェは、差し出された自分の帽子に目をやり、そして顔を上げ――二人は、しばし見つめ合っていたが、次の瞬間、
「死・ネーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッッ!!」
ロジェは、さっきまで自分の膝に乗っていた石版をユリエル目掛けて投げつけるが、ユリエルは予測していたのかギリギリのところでかわす。
ロジェはさらに、もう一枚あった石版をつかんで果敢にもサメ、もとい、ユリエルに襲いかかるが、
「――うっ!?」
なんとか一回振り回すことには成功したものの、立ち上がってすぐに石版は手からすっぽ抜け、ロジェは前のめりにコテンッ、と倒れた。それもそうだ。ずっと正座して、その上石版を二枚も乗せられていたのでは……
「いやぁ、災難でしたね☆」
「……それ、本気で言ってるのか?」
ユリエルは笑ってごまかすが、こちらは心底哀れむような視線をロジェに向けたままつぶやく。まあ、見捨てて逃げた自分達も同罪なのだが……
さすがのジェレミアも、申し訳なさそうに、
「……だ、大丈夫か?」
「……ユリエル、いつかコロス……」
ロジェは地面にぴくぴくと突っ伏したまま、腹の底から絞り出すようにユリエルの殺害予告をつぶやき、爪がめくれるんじゃないかというくらい強い力で土を深々とえぐる。そして、しくしく泣き始める……
「……よっぽど怖かったんですにゃ……」
「キャラが変わっちゃうくらいにね……」
遅れてやってきたニキータとエリスも、心底気の毒そうにロジェを見下ろす。
ふと、レニも怒り狂って暴れ出すくらいしてもいいはずなのに、静かだと思って振り返ると、彼は先ほどのアリの行列の前にしゃがみ込み、うっすら笑みを浮かべてアリを一匹ずつぷちぷち潰していた。少し離れた場所で、テケリがラビと一緒にガタガタ震えている。
念のため、
「なあ。何やってんだ?」
「カマキリの仇討ち」
「そうか」
確認してよかった。てっきり、気まぐれでアリの大量殺戮しているだけかと思ったら、明確な理由があったようだ。彼とカマキリの間に何があったのかは不明だが。
「あ、ニキータ、しばらく二人の武器預かっててくださいね。ナイフとフォークもダメです。ペンもダメです。とがってますから」
さすがに身の危険を感じたのか、ユリエルは二人の武器をもうしばらくニキータに任せることを決定し、ロジェ(まだ泣いてる)とレニ(指より効率的と気づいたのか、非道なことに足でアリの大量虐殺を繰り広げていた)に目をやると、
「ところで、温泉の話はもちろん聞き出しましたよね?」
…………。
『聞けるかッ!!』
二人は、まったく同時に怒鳴り返した。
「……さすがに、口をふさがれることまでは計算に入れてませんでしたね」
「なあ。一発くらい殴られてやったらどうだ?」
そう言いつつ、最後尾を歩くロジェとレニに目をやる。
二人は、ユリエルに殺意とか殺気とか憎悪とか怨念のこもった熱視線を向けていた。時折、ロジェの指がわきわきと怪しい動きをしていたが、間にテケリとニキータを挟んでおかなければ、いつユリエルを締め上げにかかるかわかったものではない。むろん、そうなったとしても止られる自信はないが。
海岸へ着くと、アナグマ達とダークプリースト達は、青い海を背景に乱闘真っ最中だった。
「ケンカはダメであります~!」
テケリが平和的な言葉を投げかけるが、そういった言葉は、けしかけた人間が言うべきものではない。
その一方では、
「行けーアナグマ! もっとやれ! 根絶やしにしろ!」
「そうだ! 殺せ! 皆殺しだ!」
ロジェとレニが、血走った目で、アナグマ達になんともバイオレンスな声援を送っていた……
「あの、皆殺しにされると話が聞けない――」
『何か不都合があるか!?』
「ありませんね」
まったく同じ顔にまったく同時に怒鳴られ、ユリエルは笑顔で一歩退いた。
テケリも顔を青くし、
「いつものロジェとレニさんじゃないであります……」
「普段キレないヤツがキレた時が一番怖いんだよな……」
アナグマ達は、二人の声援(?)のおかげなのかどうかは知らないが、数の上では有利なはずのダークプリースト達を押している。万が一負けたら、死刑に等しい何かが起こると本能が察知したのかもしれない。
「あの二人は放っておくとして、どうするんだ?」
ジェレミアの言うとおりだった。
ユリエルの計画では、アナグマにダークプリーストをおびき出してもらい、そのまま二人を救出する――と、ここまでは良かったが、肝心の温泉に関する情報を得ることに二人が失敗していた以上(失敗というよりどうでもよくなったのだと思う)、まだ、撤収するわけにはいかない。
ユリエルは、ぽんっ、と手を打つと、
「このまま、双方力尽きるまで見物ということにしましょう」
「…………」
その言葉に、アナグマとダークプリーストに目をやり――
「そうだな」
うなずくが、唯一、テケリだけが、
「ダメであります! みんな仲良くしないと!」
「ではテケリ。手始めにあの二人を止めてください」
ユリエルが指さした先では、ロジェとレニ、二人がダークプリーストに向かって罵声を浴びせながら、今度は石を投げていた。効果音をつけるなら『ぽいっ』ではなく、『ドヒュッ!』とか『ドゴッ!』といった感じだ。明確な殺意を感じる。
テケリはそれを見て――ユリエルに目をやると、真っ直ぐ、迷いのないまなざしで、
「戦うことでわかり合えることもあると思うであります!」
「わかってくれましたか」
テケリは少し、大人になった。
「――ぐまっ!」
アナグマ達もロジェ達をマネして石を投げ出し――そのうちの一匹が、投げるものを探してか、こちらに駆け寄ってくる。
「キュゥ?」
そしてテケリの足下にいたラビと目が合い――
「ぐまっ!」
「キュッ!?」
おもむろにラビを拾い上げると、ダークプリーストに向かって投げつける。
「ラビきち!?」
テケリが声を上げた時には、ラビはすでにダークプリーストに向かって投げ飛ばされ、
「甘いぎゃー!」
ダークプリーストの、まるでバットスイングのように振るった杖にはじかれ、
――キュウウウゥゥゥゥゥゥゥゥゥ……
哀れ、ラビは海の彼方へと飛んでいく。見事なホームランだった。
「ラビ!?」
レニも異変に気づいたらしく、ラビが飛んでいった海の彼方に振り返り、テケリは何を思ったか、突然、ぷぃ~! と、角笛を鳴らす。
「ラビ……ラビィィィィィィィィィィッッ!」
一方で、レニは顔面蒼白になり、我を忘れてラビが消えた海へ向かって叫ぶ。なんだかんだで、あのラビに愛が芽生えていたらしい……
「――って、落ち着け!」
「ラビと心中するつもりか!?」
ざばざばと海に入っていくレニを、ジェレミアと二人がかりで羽交い締めにし、なんとか引きずり戻す。
「ウンディーネ! お願い!」
「任せぇ!」
エリスに言われるまでもなく、姿を現したウンディーネが、ラビが吹っ飛んだ方角へと急ぐ。
「ここはウンディーネに任せろ! 第一お前、泳げんのか!?」
「うっ」
この言葉に少し冷静になったらしく、小さくうめく。
その時だった。
突然、海面が盛り上がり――巨大な生物が姿を現した。
「うぎゃ!?」
「あれは!?」
その姿に、突然ダークプリースト達が動きを止めた。アナグマ達も、この異変に動きを止める。
姿を現したのは、あのカメだかペンギンだかよくわからない巨大生物――
「ヌシ様!」
「ヌシ様だぎゃー!」
「ありがたや~、ありがたや~!」
ダークプリースト達は口々にそう言うと、ヌシ様――ラビをくわえたブースカブーに向かって、一斉に頭を下げた。
◆ ◆ ◆
「だ、大丈夫か?」
「災難やったなぁ」
「キュ~……」
ブースカブーに助けられ、さらにウンディーネに運ばれてきたラビは、頭にコブを作り、目を回してはいたものの、命に別状はないようだった。ひっくり返し、海水を吐かせる。
ブースカブーの登場に、アナグマとダークプリーストの戦いはうやむやのうちに終了してしまった。今では、浅瀬でぽかんと突っ立っているブースカブーを囲んで、ダークプリースト達が壷に乗ってわけのわからない踊り(歓迎の踊りらしい)を踊っている。ほったらかしにされたアナグマ達も、きょとんとした顔でそれを眺めていた。
「――は~、こりゃあ驚いた! ありゃあ海の主じゃねぇか!」
エンジン音に振り返ると、ワッツの戦車がこちらに向かって走ってきた。
戦車は適当な場所で停まり、出てきたワッツはこちらを見下ろすと、
「この辺りじゃ、ありがたい海の守り神とか聞いたことがあるぞ。おめぇら、あんなの呼び出せるのか?」
「いや、呼び出せるって言うか……」
「――そうです」
ロジェが困った顔で否定しようとすると、突然、ユリエルがテケリを指さし、ダークプリースト達に向かって、
「見た目こそ子供ですが、それは世を忍ぶ仮の姿……彼こそが千八百九十九年の時を生きる賢者にして海の主の代弁者! 怒りに触れたが最後、あなた方ダークプリーストなど村もろとも海の底ですよ!」
「なんぎゃとー!?」
「そうだったでありますか!?」
「…………」
どよめくダークプリーストと驚くテケリに、もう、適切なコメントも思い浮かばない。
「ぬぅ……まさか、ヌシ様のお知り合いじゃったとは……」
ダークプリーストの長老も、渋い顔でこちらをぐるりと見渡し――頭を下げると、
「そんなすごいお方とはつゆ知らず、ご無礼いたしましたぎゃー!」
『まったくだ』
全員の声がきれいに重なった。
「賢者様だぎゃー」
「賢者様、我らにお導きを~」
そしてダークプリースト達は、テケリの前にひざまづき、口々に好き勝手なことを言いながら尊敬のまなざしを向ける。
テケリは困惑した顔で、
「ど、どーすればいいでありますか?」
「いーから『主の言葉だ』とか、なんかそれっぽいこと言っとけ!」
「えーと、えーと……」
キュカに小声で言われ、テケリはしばし考えた末に、
「えーと……双子は、別にエンギが悪いなんてことないでありますから、襲ったりしちゃダメであります! あと、アナグマさん達とも、みんな仲良くするであります! ……と、ヌシさまは言ってるであります!」
『ははー!』
テケリの適当な言葉に、ダークプリースト達は一斉に頭を下げる。さっきまで大騒ぎしていたわりに、なんとも単純なものだった。
「長老、どうするぎゃ? ヌシ様のお言葉を無視するわけには……」
「ぬぅ……」
長老は腕組みをして考え込んでいたが――やがて、
「もしかすると……双子が災いを起こすということは、すなわち、その災いを鎮めるのも双子……ということなのかもしれん」
「はぁ?」
ロジェが目を点にするが、長老は気にせずうなずくと、
「うむ。きっとそうだぎゃ。危うく、我らは過ちを犯すところだったぎゃー」
そう言って、一人で勝手に納得する。
「ちょっとー。納得してるのはいいけど、これまで処刑した双子に申し訳ないとか、そういうのはないわけ?」
「うん?」
エリスのもっともな問いかけに、長老はきょとんとした顔で、
「申し訳も何も、これまで、双子を処刑したことはないぎゃ」
「なに? お前達、これまで双子が生まれたことがなかったのか?」
「三つ子ばっかりだぎゃ」
「…………」
あっさりとした返答に、ジェレミアは言葉をなくす。双子はダメだが三つ子は問題ないらしい……
「そ、そうは言っても、一組くらい……それとも、お前達はそんなに双子が生まれない種族なのか?」
ジェレミアに続き、自分も食い下がってみるが、長老はあごに手を当て、
「んー、この数十年生まれなかっただけで、まったくなかったわけじゃないぎゃ。何しろ、あの予言を聞いたのは十年前だったぎゃ」
………………。
「……お前、『古来』だの『一族に伝わる予言』だの言ってなかったか?」
「うむ。十年も大昔に伝わった予言だぎゃ」
「十年……大昔?」
てっきり、何十、何百年も昔だと思いきや、ダークプリースト的に、十年前は大昔に入るらしい。……十年前……
……何かが引っかかる。
長老は、過去を懐かしむように、
「十年前、人間の女魔術師がやってきたぎゃ」
「人間の、女魔術師……」
「その女魔術師が、あの予言を教えてくれたぎゃー。これは当たっちゃ大変だと思い、慌てて新しい掟を作ったぎゃ。……あ、今にして思うと、ちょっと大げさはいってたかも? ぎゃっぎゃっぎゃっ!」
長老は笑っていたが――こちらは、笑えなかった。
「なぁ……その女魔術師って……」
「…………」
耳元でウンディーネがつぶやくが、返事をする気も起こらない。
ようやく――あの挙動不審の理由がわかったような気がした。
張りつめていた糸が、さらに引っ張られるような心地だった。
「いやぁ、何はともあれよかったぎゃー」
「余計なことをせずに済んだぎゃー」
「オイラもおかしいと思ってたぎゃー」
「オイラなんか、その話聞く前から殺しちゃいけないと――」
ダークプリースト達は、さっきまでの殺伐とした空気はどこへやら。すっかり、本来の陽気な顔に戻り、和気あいあいと和やかなムードだった。
その光景に――張りつめていた糸が、ぷつんっ、と、切れた。
『ふざけんな!!』
――そして、双子を始めとする連れの仲間達、ついでにアナグマ達もノリで参戦し、彼らにとっての真の災いが降り注いだ……
……余談だが、後に彼らの掟に『双子には逆らうな』『双子は天災と同等と思ってやり過ごすべし』『双子注意』といったものが加わったとかなんとか――
「いやぁ、一件落着ですね」
乗っていた壷を徹底的に破壊された上、散々タコ殴りにされたダークプリースト達を前に、ユリエルは大変イイ笑顔で言った。
「そうだな。一時はどうなるかと思ったよ」
拳についた返り血を海水で洗いながら、ロジェもさっぱりとした笑顔で返す。どうやらダークプリーストを殴っているうちに、少しはスッキリしたらしい。
さすがに参戦しなかったニキータが、おずおずと、
「あの、ところで温泉……」
「そうですね。――とまあ、そういうわけで、温泉のことでちょっとお話があるんですが」
ユリエルが友好的な笑みを浮かべて一歩前に出ると、ダークプリースト達は一斉に後ろに下がる。心なし怯えているような気もしたが、逃げ出す者はいなかった。(ある意味、逃げ出すことも死を意味していることを、本能が察知したのかもしれない)
ダークプリースト達は、それぞれ顔を見合わせていたが――不思議そうに首を傾げ、口々にこう言った。
「……温泉?」
「温泉がどうかしたぎゃー?」
『…………』
さざーん……と、波の音が、静かになった海岸に響いた。